同窓会の再燃

立食パーティーで楽しそうに話す男女

再会の夜

 麻衣は手鏡を見ながら軽くリップを塗り直し、深呼吸をした。波の上ホテルのオーシャンホールから漏れる笑い声とグラスの触れ合う音が、廊下まで響いてくる。今夜は高校時代の30歳記念の同窓会。12年ぶりに合う仲間たちと何を話せばいいのだろう。考えるほど緊張が高まる。

 ドレスの裾を整えながら、麻衣は会場へ重い足を踏み入れた。華やかな照明の下、懐かしい顔ぶれが並ぶ。笑顔で手を振る人、ぎこちなく会釈する人、人見知りからかすぐに目をそらす人。麻衣は自然な笑みを浮かべ、テーブルを回りながら挨拶を交わす。

「麻衣、久しぶり!変わんないね!」

 一番仲の良かった彩花がいきなり抱きついてくる。麻衣は笑いながらその勢いを受け止め、軽い世間話を始めた。だが、心のどこかで別の誰かを探している。

 拓海。当時、麻衣のすべてだった男。熱っぽい眼差しと、ぼそっと呟くだけでも心が震えたあの声。別れてから10年以上、連絡も取らず、ただ記憶の底に沈めていたはずなのに、同窓会の案内を見た瞬間から彼の存在が頭を離れなかった。彼は来るのだろうか。

「麻衣、そっちのテーブル行ってみなよ」

 彩花の言葉に促され、麻衣は別のテーブルへ向かった。

 いた!

 目尻の細い皺が大人の余裕を漂わせていたが、変わらないのはその鋭い視線と、口元に浮かぶ自信たっぷりの笑み。

「よ、麻衣。久しぶり」

 拓海の声は昔と同じく低く響く。麻衣の心臓が一瞬ドクッと跳ねる。

「うそ、拓海? 全然変わらないね」

 麻衣は軽い口調で返したが、声がわずかに震えた。拓海はグラスを傾けながら、じっと麻衣を見つめる。その視線に、麻衣は無意識に髪をかき上げた。

酔いの果て

 会は進み、アルコールが増えるにつれ、場は一層賑やかになった。麻衣と拓海は自然と二人で話す時間が長くなり、昔話に花が咲いた。あの頃のデート、喧嘩、夜更かしした電話。すべてがまるで昨日のことのように鮮やかに蘇る。

「覚えてる?宜野湾のはごろも祭り。麻衣、アイス落としたよね」

 拓海が笑いながら言うと、麻衣は頬を膨らませた。

「もう、そんなことわざわざ思い出さなくていいじゃない笑」

 二人の笑い声が重なり、まるで10年の空白が嘘のようだった。ワインのグラスが空になるたび、距離は縮まり、会話はより親密になっていった。

「麻衣、今幸せ?」

 突然の質問に、麻衣は言葉に詰まった。現在のパートナー、亮との関係は良好だ。結婚の話も出ている。でも、なぜかそのことを口にするのがためらわれた。

「まあ、ぼちぼちかな。拓海は?」

「俺?自由人ってやつ。仕事は忙しいけど、縛られるのはイヤだから」

 拓海の答えは軽やかだったが、その目には何か深いものが宿っているように感じた。麻衣はグラスを握りしめ、言葉を探す。

 夜が更け、会場の熱気はピークに達していた。麻衣は少しふらつきながらトイレへ向かう途中、拓海に肩を貸された。自然な流れで、二人はホテルの廊下を歩いていた。静かな空間に、二人だけの時間が流れる。

「麻衣、ちょっと休憩しない?」

「休憩?」

「奥に休める部屋があるみたい」

 下手くそ。拓海の思惑に気付かないわけがない。けど、もうそんなのどうでもいい。酔いも重なり、理性がどんどん薄れていく。

 チャメ!いつもなら口うるさい護得久先生はとうに虫の息だ。

 部屋に足を踏み入れると、当たり前のように鍵を閉める拓海。

 ちょっと、私何も言ってないんだけど。

過去と現在

 部屋の灯りは柔らかく、窓の外には団地を思わせる超巨大なクルーズ船がなんとも優雅に輝いている。麻衣はソファに腰を下ろし、拓海は隣に座る。しばらく沈黙が流れる中、拓海の手がそっと麻衣の肩に触れ、麻衣をぎゅっと抱き寄せる。

「俺、忘れられなかった」

 その言葉に胸が締め付けられる。別れた理由は些細なすれ違いだった。互いに幼く、意地を張り、歩み寄れなかった。でも、拓海の存在は麻衣の中にずっと残っていた。

「私も…時々思い出すよ」

 麻衣の声は小さかった。拓海の手が麻衣の頬に伸び、ゆっくりと顔を近づけてくる。

 もはや私の負けだ。

 抵抗する理由はいくらでもあったのに、既に本能が支配権を握っている。麻衣は思わず目を閉じる。唇に温かく柔らかいものが触れる。あぁ…何年ぶりだろう…この懐かしい感触。荒い息が絡み合い、過去の記憶が一気に溢れ出す。何より麻衣の身体は彼を深く求めていた。早く、もっと触れてほしい。

 服が床に落ちるたび、より多くの肌と肌とが触れ合う。肌に優るものはない。拓海の指先が背中を滑り、囁く声が耳元で響く。時間は止まり、二人だけの世界が広がった。亮との約束は、もはや過去のものだ。

 ニライカナイの光が射すまで二人は互いを求め続け、あの頃のように突き合い、波の上には何度も潮が弾けた。

選択の重み

 麻衣が目を覚ますと隣には拓海。昨夜のことが夢のように曖昧で、でも何度も突かれた感触と、拭いても出てくる粘液が現実を突きつける。麻衣は静かに毛布をめくり、服を着ながら考えた。

 これは一夜の過ちなのか。それとも…

 拓海が目を覚ますと、麻衣はすでに身支度を終えていた。

「行くの?」

「うん。楽しかったけど…私には今があるから」

 麻衣の言葉に、拓海は黙っていた。目には諦めきれない何かがあった。

 麻衣は亮との関係をもう一度考えた。穏やかで誠実な亮。彼との未来は安定していて、安心できるものだ。でも、あの一夜が麻衣の心をかき乱す。燃え盛る情熱、硬く突き上げるもの。亮には足りない。

 数日後、拓海からのメッセージ。

「もう一度話したい。麻衣のこと諦めきれない」

 麻衣はスマホを握りしめ、長く返せずにいた。

 亮との縁談は進み、ご両親への挨拶も近い。けど..

青春の残り香

 麻衣は波の上のカフェで拓海と再会した。波の上の明るくさわやかなイメージとは裏腹に、すぐ近くには日本最古の遊郭と那覇一のホテル街が広がる。

 しかし拓海は同窓会の夜とは違う落ち着きを放っていた。真剣な目で麻衣を見つめる。

「麻衣、俺は本気だよ。あの時別れたのは間違いだった。今ならちゃんと向き合える」

 その言葉は麻衣の心を一層締め付けた。確かにあの夜は、麻衣に青春の輝きを思い出させた。でも、亮との穏やかな日々も麻衣にとってはかけがえのない大切なものだった。

「私…今幸せなんだと思う。でも拓海のことも、嘘じゃない」

 拓海は雷鳴を受けたかのような表情を見せたかと思うと、全身からすっとエネルギーが抜けたように背もたれにだらんともたれかかった。麻衣は黙って拓海の手を握る。その意外な冷たさに、麻衣は一気に切なくなり涙が溢れた。

 その夜、麻衣は亮にすべてを話した。

 拓海との一夜、揺れる心。

 亮は衝撃を受けてしばらく沈黙した。

 人は縛られるほど逃げたくなるものだ。亮は深い理解者だった。

「麻衣が幸せなら、俺はそれでいいよ。選ぶのは麻衣だよ」

 麻衣は逆に驚いた。強く軽蔑されたり、最悪別れを切り出されるものだと思っていた。

 しかし決断を迫られた。拓海と突き合うか、亮と付き合うか。

 どちらもという選択肢はないのだろうか。

 麻衣は一ヶ月悩んだ末、現実を選んだ。あの夜は、儚い幻だったのだ。現実とは、穏やかだが確かな幸せを約束してくれる。

 麻衣は波の上で拓海に最後のメッセージを送った。

「拓海、ありがとう。あの夜は、忘れていた青春の続きだった」

 もう彼から連絡が来ることはない。

 波の上に大粒の涙が流れ落ちた。